周防大島 賠償請求は37億円余 |
06月13日 20時59分、山口 NEWS WEB 配信より
去年、周防大島町と柳井市を結ぶ橋に貨物船が衝突した事故で、県は27億円あまりの損害賠償を求める届け出を広島地方裁判所に提出しました。町や水を供給している企業団とあわせると、請求の総額は37億円あまりに上り、裁判所が決定した賠償の上限額24億円あまりを大きく上回りました。
去年10月、周防大島町と本州側を結ぶ大島大橋に貨物船が衝突した事故では、町のほぼすべての世帯で1か月あまりにわたって断水し、橋の通行制限も加わって住民の暮らしや地域経済に大きな影響が出ました。
船を所有するドイツの海運会社に損害賠償を請求するには、14日までに広島地方裁判所に必要な書類を届け出る必要があり、県は13日、書類を裁判所に提出しました。
損害額は橋の復旧費が23億2800万円、橋を通る通信ケーブルの復旧費が900万円などとしていて総額は27億円あまりに上ります。
また、周防大島町は今月10日に届け出を行ったことを町議会で報告し、請求額は住民への給水活動や臨時の連絡船の借り上げにかかった費用など2億5000万円あまりだということです。
さらに水を供給する柳井地域広域水道企業団も届け出を行っていて、請求額は送水管の復旧費など8億円あまりに上ります。
この事故で裁判所は海運業を保護する法律に基づいて賠償額の上限を24億円余りとする決定を出していますが、県や町などの請求額を合わせると37億円あまりに上り、上限額を大きく上回っています。
これに住民など個人や企業の請求も合わせると損害はさらに膨らむことになり、県や町などは即時抗告して決定の取り消しを裁判所に求めています。
賠償請求の手続きのために裁判所が管理人として選んだ弁護士によりますと、損害賠償を請求するための届け出の件数は、期限を控えた13日までで500件を下回っているということです。
住民の間では当時購入した給水容器などの領収書がないという理由や、煩雑な手続きに見合った賠償を受けられるか不透明だとして請求しないという声が少なくありません。
管理人の弁護士は「およそ1万6000人という町の人口規模を考えると、住民の届け出の動きは低調だ」と話しています。
私のコメント : 令和元年6月13日、陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の陸上自衛隊新屋演習場(秋田市)への配備計画に関する説明資料に誤りがあった問題で、岩屋毅防衛相は令和元年6月17日に秋田市を訪問し、佐竹敬久秋田県知事らと面会する方向で最終調整に入った。秋田県に対し、岩屋毅防衛相は令和元年6月11日の記者会見でも、「信頼回復のためにできることは何でもしたい。しかるべき者が現地にお伺いして説明する必要がある」と述べ、自らの意向を示していた。
令和元年6月13日、山口県庁に行き、山口県 観光スポーツ文化部 県史編さん室 三原忍室次長と私は、面談した後に、山口県 総合企画部に私は、行き、山口県 総合企画部 広報広聴課 田村日登美 室次長と対談し、その際、山口県 萩市農業委員会事務局長から 私への対応に関しては、一般社団法人 山口県農業委員会 事務局による、萩市農業委員会 事務局長との対応 内容も 関係して ある旨、その説明も入れた。
令和元年6月12日、山口県 山口市 小郡黄金町 東京海上日動調査サービス株式会社 中国事業所 山本政美 参事 と私は対談した経緯を踏まえ、東京海上日動山口損害サービス課 副主任 松野由佳様 宛 下記の連絡文に関する説明のため、その対談を行った。
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令和元年6月12日
本文 3枚 別紙 (別添え : 〇平成31年4月21日に、....様「山口...ひ・...」 間における、その交通事故証明書写し1通) 1枚 ・・合計4枚
東京海上日動山口損害サービス課 副主任
松野由佳様 山口県山口市小郡金町7-43
発信元: (省略)
件名 : 平成31年4月21日に、・・・様 自家用車「山口・・・」との間における、その交通事故証明書送付について、説明いたします件
お世話になります。今まで、接触当時における、その状況に関しては、東京海上日動山口損害サービス課より、その紹介していただいていた小見山弁護士のもとに私は、説明していましたが、しかし私 所有 交通事故車内における携行物、周南市長選挙 開票日当日のためにその用意をしていた私のデジタルカメラ、ICレコーダー CD/SDカセットデッキ 等における 平成31年4月21日、・・・様 自家用車「山口・・・」との間における、その交通事故による破損 東京海上日動山口損害サービス課からは、その保険対象になるかどうかについては、下記における 当該 他の記録媒体における内容 損害対応もありますため、念のため、私から、その下記の経緯に関しては、その媒体内容の喪失に関しても、損害が発生していますために、東京海上日動山口損害サービス課が、相手方との事故日は、周南市長選挙に、その対応している最中における 帝人株式会社、山口日自動車株式会社 等と私との連絡対応途上の出来事、また、周南市長選挙 開票日、当日の日であったため、示談書を交わされる際は、その内容の明記もされていただきたいと、この書面にて、その連絡をいたします。
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本文 : 2枚 別紙 (別添え : 〇 シーボルトのピアノ資料 社団法人 日本ピアノ調律協会 6枚 「シーボルトのピアノ」江戸時代 音色、フランスで活躍されているピアニスト・保都玲子さんによる 演奏会 資料 3枚) 合計11枚 平成30年12月10日
国立音楽大学 広報センター 御中
〒190-8520 東京都立川市柏町5-5-1 発信元: 省略
件名 : 下記 帝人株式会社コーポレートコミュニケーション部と私との対応もあり国立音楽大学 広報センターに、・・・ ( 以下、省 略 )
別添え : 〇 シーボルトのピアノ資料 社団法人 日本ピアノ調律協会 6枚 〇「シーボルトのピアノ」江戸時代 音色、フランスで活躍されているピアニスト・保都玲子さんによる 演奏会 資料 3枚
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帝人株式会社 コーポレートコミュニケーション部 斉藤 様 (発信人 省 略 )
・・・ ( 以下、省 略 )
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超党派国会議員団 靖国神社参拝、春の例大祭
4/23(火) 10:25配信、最終更新:4/23(火) 10:25 TBS系(JNN) 配信より
東京・九段の靖国神社では春の例大祭に合わせて、超党派の国会議員71人が参拝しました。23日朝、靖国神社を訪れたのは、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」で、自民党や国民民主党など、現職の国会議員71人が参拝しました。安倍内閣から衛藤総理補佐官や佐藤外務副大臣、自民党からは加藤総務会長らが参拝しています。「だんだんに戦争のことが風化されていく、それが心配だということはございます」(国会議員の会会長 尾辻秀久元厚労相)安倍総理は例大祭初日の21日に真榊と呼ばれる供え物を奉納しましたが参拝は見送っています。これについて国会議員の会の会長を務める尾辻元厚生労働大臣は、「残念にも思う」と述べる一方で、国のための判断であれば理解されうるという考えも示しています。(23日09:35)
私のコメント : 平成31年4月23日、東京・九段の靖国神社では春の例大祭に合わせて、国会議員71人が参拝しました。安倍総理は例大祭初日の21日に真榊と呼ばれる供え物を奉納しましたが参拝は見送っています。これについて みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会 会長を務める尾辻元厚生労働大臣は、「残念にも思う」と述べる一方で、国のための判断であれば理解されうるという考えも示しています。
平成31年4月23日、山口県 山口市 小郡黄金町 東京海上日動調査サービス株式会社 中国事業所 山本政美 参事 と私は、以下の経緯があり 山口県 山口市にて、山口県 周南市立勝間小学校 神代美起子教諭と私が、面談した件に関する、その後の対応について、対談し、東京海上日動調査サービス株式会社 中国事業所 山本政美 参事から、その助言を私は、得ることもできた。
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上皇さまの退位に関する儀式終了
06月12日 14時38分、NHK NEWS WEB 配信より
上皇ご夫妻は、12日、上皇さまの退位に関する儀式として、京都市にある孝明天皇陵と明治天皇陵に参拝されました。これで、上皇さまの退位に関する一連の儀式はすべて終了しました。11日から京都市を訪れている上皇ご夫妻は、12日午前、京都市東山区の孝明天皇陵に参拝されました。モーニング姿の上皇さまは、宮内庁の幹部の先導で、参道の入り口からゆっくりと階段をのぼって天皇陵に向かわれました。上皇さまは、陵の前で玉串をささげて拝礼し、退位したことを伝えられたということです。続いて、グレーの参拝服の上皇后さまも、同じように玉串をささげて拝礼されたということです。ご夫妻の孝明天皇陵への参拝は、上皇さまの即位10年にあたって京都市を訪問された平成11年以来、20年ぶりです。上皇ご夫妻は、このあと午後には、京都市伏見区にある明治天皇陵に参拝されました。上皇さまは、玉砂利の敷かれた参道をゆっくりと歩いて天皇陵の前に進まれました。そして、玉串をささげて拝礼し、退位したことを伝えられ、上皇后さまも続いて拝礼されました。ご夫妻の明治天皇陵への参拝は、明治天皇が亡くなって100年にあたって参拝された平成24年以来、7年ぶりです。上皇ご夫妻は、12日の参拝で上皇さまの退位に関する一連の儀式をすべて終え、13日の午後、東京に戻られます。上皇ご夫妻を歓迎しようと、京都市東山区の沿道には大勢の市民が詰めかけ、ご夫妻を乗せた車が通ると、集まった人たちはさかんに手を振ったり写真に収めたりしていました。近くに住む69歳の女性は、「きのう京都にいらしたのは報道で知っていましたが、きょう偶然、ここを通った際に、『上皇さまがいらっしゃる』と聞いて、1時間半くらい待ちました」と話していました。また、大阪・寝屋川市から来たという76歳の女性は、「上皇后さまのお姿に感動しました。手を振るのに一生懸命になりすぎてカメラのことを忘れてしまい、よい写真が撮れなかったのが残念です。ご体調のことが報道されているので、今後、無理をなさらず、ゆっくり元気で過ごしていただきたい」と話していました。
私のコメント : 令和元年6月12日、上皇ご夫妻は、上皇さまの退位に関する儀式として、京都市にある孝明天皇陵と明治天皇陵に参拝されました。上皇ご夫妻は、孝明天皇陵と明治天皇陵に玉串をささげて拝礼し、退位したことを伝えられ、上皇后さまも続いて拝礼されました。明治天皇陵への参拝は、明治天皇が亡くなって100年にあたって参拝された平成24年以来、7年ぶりです。
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容保公よ、永遠なれ 会津藩ゆかり金戒光明寺塔頭に石像建立
2019年06月11日 09時57分 、京都新聞 配信より
幕末の京都で命を落とした会津藩士らを祭る金戒光明寺(京都市左京区)塔頭の西雲院内「会津藩殉難者墓地」に会津藩主松平容保の石像が建立された。9日に除幕式があり、福島県・会津地方出身者らでつくる京都会津会の会員が静かに手を合わせた。同院の殉難者墓地には、鳥羽伏見の戦い(1868年)をはじめ62年から67年までの5年間に亡くなった会津藩の武士や女性が祭られている。2002年に京都会津会が創立100周年を迎えた際に墓地整備などのため募金が寄せられ、余剰金が石像の建立に充てられた。高さ約1・2メートルの石像は、容保が京都守護職を務めていた頃の陣羽織姿の写真を基に、高松市在住の石彫師和泉良照さん(70)がきりりとした表情に仕上げた。素材は高松特産の庵治(あじ)石で、参拝者と目線が合うよう高さ約0・75メートルの台座にのせられている。9日は会津藩士をしのぶ法要に続いて除幕式があり、松平家14代当主松平保久(もりひさ)さん(65)ら約100人が真新しい像のお披露目に立ち会った。像を目にした松平さんは「容保公の石像建立は全国でも例がなく、とてもうれしい。墓地に眠る人たちを見守るように設置され、み霊も大変喜んでいるのでは」と完成を喜んだ。【 2019年06月11日 09時57分 】
私のコメント : 令和元年6月13日、京都府 金戒光明寺(京都市左京区)塔頭 西雲院内「会津藩殉難者墓地」に会津藩主松平容保の石像が建立された。令和元年6月9日に除幕式があり、9日は会津藩士をしのぶ法要に続いて除幕式があり、松平家14代当主松平保久さん(65)ら約100人が真新しい像のお披露目に立ち会った。像を目にした松平保久さんは「容保公の石像建立は全国でも例がなく、とてもうれしい。墓地に眠る人たちを見守るように設置され、み霊も大変喜んでいるのでは」と完成を喜んだ。福島県・会津地方出身者らでつくる京都会津会の会員が手を合わせた。